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2022.3.16恵みの祈祷会 コロサイの信徒への手紙3 章5~11 節

後半9~11 節「古い人を脱ぎ捨て新しい人を身につける」


牧師 松矢龍造


私たちは、心の中の邪悪や言葉の腐敗には、なかなか気が付かないものです。たとえ気が付いたとしても、余り罪の意識を持たないものです。けれどそれが古い人の特徴なのです。これに対して、この古い生き方との決別が、キリスト者に求められます。

万物を創造された造り主なる神様であるキリストは、クリスチャンの内側に、ご聖霊を与えることで、新しい人を再創造されます。それは魂の救済という範囲に留まりません。心の変化と共に、感情や行動の変化も伴います。そのことを使徒パウロは、古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、造り主の姿に倣う新しい人を身につけると表現しています。「身に着け」と訳された原文のギリシア語は、「真新しい命を生きる」あるいは「性質を身につける」と訳せます。キリストの示された、聖さ、愛、謙遜、柔和、親切、赦しなど、キリストの性質を、内に身につけ新しく生きることです。

今日の御言葉において、新しい性質を持って生きることが四つ展開されています。

第一に、互いに、うそをつきませんとあります。うそは、自分の良心と真実を偽ることです。うそは罪の第一歩であり、悔い改めへの道を自ら塞ぎます。さらに互いに偽りを言うことは、信頼を破壊して、一致を分裂させます。それは結びつきを切り離し、教会の中に深刻な対立を引き起こします。この古い人である性質を、その行いと共に脱ぎ捨てて、新しい人を身につけ、日々新たにされてゆきます。

第二に、真の知識に達します。真の知識として対比されているのは、偽りの哲学です。真の知識は、真の信仰とそれに基づく生活によってこそ獲得することが出来るものです。創造の始め、人間は創造主なる神様の心の形に似せて造られました。しかし堕落によって、その神の心の形が崩れました。しかし神の御子の救いを信じて、ご聖霊による再創造によって、キリストの姿に似せて、日々造り変えられ続けます。そのキリストの形は、真の知識を身につけ、聖い生き方をすることです。コリントの信徒への手紙二3 章18 節「わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです。」

第三に、差別の撤廃です。11 節に「そこには、もはや、ギリシア人とユダヤ人、割礼を受けた者と受けていない者、未開人、スキタイ人、奴隷、自由な身分の者の区別はありません。」とあります。未開人は、当時ギリシア語を話さず、社会の下層階級の人々と見なされていた人々のことです。またスキタイ人とは、黒海とカスピ海の間にあるコーカサス地域出身の人で、南方の隣国を襲撃し、残虐な人々を表現する代名詞でした。

あるいは、ローマ人は、すべての外国人を「スキタイ人」呼んでいました。丁度、ユダヤ人が、他の民族を異邦人と表現して蔑んでいたように、ローマ人は、すべての外国人を「スキタイ人」と呼んで蔑んでいたのです。

キリスト者として、新しい人を身につけるとは、個人レベルだけでなく、もっとスケールの大きい、世界の全ての人々の違いによる区別や差別がなくなることを目指します。

そして第四に、キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。ですからクリスチャンは、壁を作るのではなく、橋や絆を築いていきます。

北朝鮮は、世界の中から嫌厭されている国の一つです。けれどパク・セロクという方の証しです。「北朝鮮と中国の国境付近に、病院を開いて間もない頃、そこで北朝鮮の地下教会の信徒たちを治療したことがある。彼らは、できものが膿んで、その膿が骨まで入り込んで骨髄炎になり、血の膿が流れる痛みによって、夜も眠れない毎日を過ごしていた。しかし彼らの手にはいつも聖書があった。

彼らは聖書のみことばによって、その残酷な苦痛に耐えていた。どんな状況でも聖書を手放さず、すがりつづけている彼らの姿を見て、私自身の姿が恥ずかしくなり、顔を上げられなかった。彼らは、聖書だけが神様に近づく唯一の媒体だと信じていので、聖書を命よりも大切に思っていた。

ある人は、四福音書をすべて暗記していた。彼らは空腹のつらさの中で、「イエス様、南にばかりいないで、こちらにも早く来てください。それでこそ、私たちは生きることができます」と祈っていた。彼らを見ながら、楽に信仰生活をしようとしている私たちよりも、彼らのそばにこそ、神様はおられるのではないかと思った。

私は長い間、北朝鮮の人々をかわいそうな人々と思っていた。そんな私の無知と高慢を悔い改めた。そして北朝鮮の地下教会の信徒たちのように苦難に直面しても、神様を切実に求める信徒は祝福されているのだと気がつかされた。私たちにとって、現在の苦しみは、悲劇や呪いではない。主に選ばれた者に与えられる恵みであり、感謝し喜ぶべきことなのだ。」

主に愛されている皆さん、古き人を行いと共に脱ぎ捨て、造り主の姿に倣う新しい人を身につけて、日々新たにされてゆきますように。互いに嘘をつかず、真の知識に達し、差別を取り除き、キリストがすべてであり、壁でなくはなく、ご聖霊によって、橋や絆を作って歩んでいけますように。

お祈り致します。 (二人ずつの分かち合いと、執り成しの祈り)


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