top of page

2022.3.2民数記32 章1~42 節「神様の御心と全体の益の為に」

  • 執筆者の写真: CPC K
    CPC K
  • 2022年3月6日
  • 読了時間: 7分

牧師 松矢龍造


私たちは、ともすると一面の真理に止まりがちになります。自分の家族の安泰を計ることは大切です。しかし他の人々や他の家庭の安泰を疎かにしていないでしょうか。個人の気遣うことはよいですが、共同体全体のことを気遣うことは疎かにされていないでしょうか。

イスラエルの民が、40 年の荒れ野での旅を終えて、いよいよ約束の地に入る段階となりました。ヨルダンの東側をイスラエルの民は、占領出来ました。そのヨルダン川の東側の土地を大きな民族であったルベン族とガド族の人々は、おびただしい数の家畜を持っているので、要求してきました。残りのイスラエルの部族は、まだヨルダン川の西側の土地を得ていません。それなのに、ヨルダン川の東に、ルベン族とガド族の兵士たちが留まり、西側を攻める戦に参加しない可能性が出てきました。まさに個人のことは考えたが、共同体全体のことは、考えない危険が出てきていました。

後の時代に、このヨルダン川の東側がどうなったか。それはアッシリア帝国によって、真っ先に攻撃を受けて、捕虜として連れて行かれることが起こります。利殖に明るい者が、必ずしも最後に勝利者となるわけではないことが分かります。歴代誌上5 章23~26 節「マナセの半部族に属する者は、バシャンからバアル・ヘルモン、セニル、ヘルモン山に至る地に住んだ。その数は多かった。その家系の長は次のとおりである。エフェル、イシュイ、エリエル、アズリエル、イルメヤ、ホダウヤ、ヤフディエル。彼らは名高い勇士で、その家系の長であった。しかし、彼らは先祖の神に背き、神が昔滅ぼされたその地の民の神々を慕って姦淫した。イスラエルの神は、アッシリアの王プル、すなわちティグラト・ピレセルの心を動かされたので、彼はルベンの部族、ガドの部族、マナセの半部族を捕囚として連れ去り、ヘラ、ハボル、ハラ、ゴザン川に彼らを引いて行った。彼らは今日もなおそこにいる。」

かつてアブラハムの甥ロトの場合のことも思い出します。それぞれの家畜が増えて来て、僕たちが争いを始めました。するとアブラハムは、年長者でありながら、甥のロトに、好きな土地を選んで移り住むことを提案しました。そしてロトは、低地の町ソドムの平野を選び、後にソドムの地は、その不信仰と悪の故に、燃える硫黄によって、神様から裁かれる土地となってしまいました。これもまた利殖に早い者が、必ずしも最後の勝利者となるとは限らないことの例です。

モーセは、ルベン族とガド族の申し出に対して、次のように答えました。6 節7節「『同胞が戦いに出ようとするのに、あなたたちは、ここにとどまるつもりなのか。なぜ、主が与えてくださる土地に渡って行こうとするイスラエルの人々の心を挫くのか。』」

ここで「心を挫く」と訳された原文の言葉は「妨げる」という意味でもあります。しかもこの言葉を原文では二度使い、強い強調表現となっています。どうしてイスラエルの民全体が、約束の地であるカナンに入ることを、どうして心を挫くのか。どうして妨げるのかと、強く訴えています。

それはかつての40 年前のカデシュ・バルネアで、イスラエルの12 部族の代表10 人の姿に、モーセには重なって見えたのではないでしょうか。その時、ヨシュアとカレブ以外の10 人の部族の代表たちは、不信仰に陥って、全イスラエルが進軍してゆく勇気を挫いた例がありました。

民数記13 章30~33 節「カレブは民を静め、モーセに向かって進言した。『断然上って行くべきです。そこを占領しましょう。必ず勝てます。』しかし、彼と一緒に行った者たちは反対し、『いや、あの民に向かって上って行くのは不可能だ。彼らは我々よりも強い』と言い、イスラエルの人々の間に、偵察して来た土地について悪い情報を流した。

『我々が偵察して来た土地は、そこに住み着こうとする者を食い尽くすような土地だ。我々が見た民は皆、巨人だった。そこで我々が見たのは、ネフィリムなのだ。アナク人はネフィリムの出なのだ。我々は、自分がいなごのように小さく見えたし、彼らの目にもそう見えたにちがいない。』」

そして不信仰になって攻め上らず、40 年間も、荒れ野をさ迷い、20 歳以上の人々は、ヨシュアとカレブ以外は、荒れ野で死に絶え、約束の地に入ることが出来ませんでした。

するとルベン族とガド族は、モーセのもとに進み出て言いました。16 節~19 節「わたしたちはまずここに、群れのために羊の石囲いを作り、子どもたちのために町を作ります。

しかしわたしたちは、武装してイスラエルの人々の先頭に立って進み、彼らをその所に導いて行きます。土地の住民がいますので、子どもたちには城壁のある町に住まわせねばなりません。

わたしたちは、イスラエルの人々がそれぞれの嗣業の土地を受け継ぐまで、家には決して戻りませんが、ヨルダン川の向こうで、彼らと共に土地を受け継ぐつもりはありません。わたしたちの嗣業の土地はヨルダン川のこちら側、東側にあるからです。」

モーセは、ルベン族とガド族の話を、十分にその言い分を聴くことが必要でした。けれど、彼らの最初は、主の御心と御手に委ねず、勝手に自分たちの願いを伝えたのではないかとも思えます。

モーセの叱責を受けて、心を変えたともとれます。いずれにせよ、私たち人間の側の勝手な願いではなく、主の御心と御手を先ず求めて委ねることが重要です。

モーセは、ルベン族とガド族の申し出に応えます。20~24 節「もし、あなたたちがこのことを行い、主の御前に戦いのために武装し、武装をした者が皆、主の御前にヨルダン川を渡って行き、主が敵を追い払ってくださり、その土地が主の御前に征服された後、あなたたちが戻るならば、あなたたちは主とイスラエルに対する責任を解かれ、この土地は主の御前にあなたたちの所有地となる。

しかし、そのとおりにしないなら、あなたたちは主に対して罪を犯すのであり、その罪は身に及ぶことを知るがよい。子どもたちのために町を建て、羊のために石囲いを作りなさい。しかし、あなたたちが口に出したことは実行しなさい。」彼らは、モーセの言葉に対して答えます。「僕どもはわが主の命じられたとおりにします。子どもたち、妻、羊、家畜はすべて、ギレアドの町々にとどまりますが、戦いのために武装した僕どもは皆、わが主の命令に従い、主の御前に渡って行きます。」

ルベン族とガド族は、カナンの土地を、すべて獲得するまで、協力して戦うことを誓約しました。私たちも、この世の心遣いに対して注意が必要です。また私たちは、まず罪から救われました。それはまだ救われていない世の人を、救いに招く為でもあることを忘れてはなりません。救霊や愛の業は、全てのキリスト者の使命です。高みの見物をしたり、他の人の心を挫いたりしてはなりません。マタイによる福音書12 章30 節「わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている。」

そして、キリストの為に、ただ彼を信じて救いと祝福を受けるだけでなく、キリストの為に苦しむことをも賜っていることも忘れてはなりません。フィリピの信徒への手紙1 章29 節「つまり、あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。」

最後に、イ・ジェフンという方の「神様の中での自律」という内容を受け留めます。「サタンは、神様の姿に似せて造られた私たちに、神様なしで生きれば自らが神様になれると嘘を言って誘惑します。私たちは、自律という単語に、いとも簡単に騙されます。

もちろん自律は大事です。何かを自分の意志で制御し、自ら決定できることこそ、人間の際立った特徴です。しかし本当の意味で自律になるためには、『神律』すなわち神様の統治の中にいなければなりません。神様が治めておられない自律は、人生を自分の人生のサイズに縮小してしまうことです。

聖書に記されている罪の歴史を見てください。アダムとエバは、その壮大な人生のサイズを、善悪を知る木の実を食べてしまう欲望の大きさまで縮めてしまいました。イスラエルの民は、荒れ野でマナとウズラを食べる超自然的な生活を拒み、エジプトで食べていた物ばかりを慕い求めて、神様に背を向けました。ヨナは、なぜニネベに行けという神様の命令に背いたのでしょうか。

自分が考える義に囚われ、神様の義を縮小してしまったのです。このように、神の国を拒んだ人間は、罪によってその人生のサイズが、だんだん小さくなっていきました。そして、最終的には、本当にちっぽけなことに、いのちを懸ける人生に転落してしまうのです。」主に愛されている皆さん、自分の願いや思いではなく、神様の御心と、共同体全体の為に、委ねられた賜物や機会を用いて行きませんか。主の命じられた通りに、ご聖霊の力を頂いて行う時、悪魔に打ち勝つ、良い実を結んでゆきます。主の僕として、歩んでいきませんか。

エフェソの信徒への手紙6 章6 節7 節「人にへつらおうとして、うわべだけで仕えるのではな

く、キリストの奴隷として、心から神の御心を行い、人にではなく主に仕えるように、喜んで仕えなさい。」お祈り致します。

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

私たちの教会はカンバーランド長老キリスト教会に属するプロテスタントのキリスト教会です。

エホバの証人(ものみの塔)、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)、統一教会などとは一切関係ありません。

〒241-0825 横浜市旭区中希望が丘72-2  TEL 045-391-6038 ✉:kibogaokachurch@gmail.com

​お気軽にお問い合わせください。

  • Facebook
  • YouTube

© 2021 Kibogaoka Church, Cumberland Presbyterian Church

bottom of page