2022.8.10ダニエル書 8 章 1~27 節「迫害者と反キリストの出現」
- CPC K
- 2022年8月19日
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牧師 松矢龍造
起 迫害者と反キリストの存在は、旧約時代にも、新約時代においてもあり、そして世の終末においても出現します。ヨハネの黙示録では、666 という象徴的な数字であり、ヘブライ語で、人の名前の総和が 666 という存在は、歴史上のローマ帝国のネロであったり、第二世界大戦の時のヒットラーであったり、そして今日の御言葉に登場する高慢で狡猾な一人の王として預言されています。 日本の八月は、6日と9日は原爆が投下された記念日であり、15 日は終戦記念日です。今日 10 日は、まさに平和を願い祈る大切な祈祷会でもあります。希望が丘教会は、今年も平和の鐘を三回、これらの記念日に鳴らして祈ります。
承 ダニエル書 8 章に出てまいります、ダニエルに幻が示されたのは、年代的には、4 章と 5 章の間のことが記されています。幻と訳された原文の言葉は「預言」という意味でもあります。旧約時代、幻や夢を通して、神様の預言がなされることが、しばしば起こりました。 ベルシャツァルの治世 3 年とは、紀元前BC551 年頃となります。ダニエルは、先の 7 章において、4つの獣の幻と夢を見ましたが、再び雄羊と雄山羊の幻を見ました。ダニエルがいた場所は、エラム州の都スサですが、幻はウライ川のほとりのことでした。 おそらく 70 歳になっていたダニエルは、幻を見ることは、年齢的にも疲れを覚え、加えて何日か病気になっていました。それは幻の詳細が理解できず、かつ反キリストが、神の民を悩ますことを知るにつれて、ぼう然となり、恐れとプレッシャーの中にあったことでしょう。
転 ダニエルが見た雄羊には、二つの角があり、一本は他の一本より長くて、後ろに生えていました。この雄羊は、メディアとペルシアの連邦国家であり、前の角がメディア、後ろの長い角が、後に支配するペルシアの王です。この雄羊は、ほしいままに、また高慢にふるまい、高ぶりました。 すると西から一頭の雄山羊が、全地の上を飛ぶようないきおいで、進んできました。そして雄山羊は、二つの角がある雄羊に、激しい勢いで突進し、打倒して二本の角を折ります。雄羊は抵抗する力がなく、雄山羊は、雄羊を地に投げました。この雄山羊は、ギリシアの王であるアレキサンドロス大王のことでした。 しかしこの雄山羊も、非常に尊大になりましたが、力の極みで角は折れました。これは紀元前BC323 年に、アレキサンドロス大王の死を意味しているでしょう。その後、代わりに四本の際立った角が生えて、天の四方に向かったとあります。これは大王の死後、ギリシアは、4 人の将軍によって分割されることを預言しています。 一人目の将軍であるカツサンドロスは、マケドニアを治め、二人目の将軍リユシコスは、アナトリアの地を治めました。三人目の将軍セレウコスは、シリアとメソポタミヤを治め、四人目の将軍プトレマイオスは、エジプトを支配しました。 四つの国が立った後、その終わりに、罪悪の極みとして、高慢で狡猾な一人の王が起こると預言されています。この王は、シリアのセレウコス王朝から出てくるアンティオコス 4 世エピファネスを指すと考えられます。彼は、南はエジプト、東はペルシアを破り、麗しい国であるイスラエルに向かいます。 そして異教の祭壇をユダヤに築き、ユダヤ人が常供の捧げものをすることを禁じます。それは主なる神様への冒涜です。加えて、ユダヤ人が、安息日や年ごとの祭りを守ることを禁じます。いわば礼拝を捧げることを禁じたのです。
そして二千三百回の朝と夕の日が過ぎるとあります。朝と夕は二回なので、二千三百回の半分が 日にちとなり、約三年半となります。この預言は、エピファネスのことだけでなく、バビロン捕 囚後から、キリストの再臨までの全ての反キリストの象徴という預言でもあると言われています。 三年半とは、完全数7の半分にあたり、神の民に対する迫害の終焉が3年半後に来る。すなわ ち迫害が終わる時が来ることの預言となっています。かつて第二次世界大戦の時、日本は、天皇 を神とし、神社参拝を、教会にも強要しました。そして天皇とキリスト、どちらが偉いと問い、 キリストと答えると、投獄されるという時代がありました。しかしその迫害も、一定の期間の後、終戦と共になくなりました。 現在、香港では、中国本土から弾圧を受けて、教会は迫害されています。天に召されたウィリアム牧師も、弾圧され、台湾に亡命を余儀なくされ、そしてイギリスに亡命している大勢の香港人の為に、三つの教会を作ってゆきました。この迫害と弾圧も、しばらくして終わる時が来るでしょう。さらにウクライナにおけるキリスト者も、戦火の中に置かれていますが、神様の時に、解放されて、礼拝を主に捧げる状態が戻ることを祈ります。 ダニエルが見た幻を見ながら、その意味が分からないでいると、天使カブリエルが近づいて来 て、その幻の意味を説明してくれました。カブリエルという名前は、「神は力がある」という意味 で、神様の啓示を伝える天使の一人です。ダニエルから数えて約 500 年後に、天使カブリエルは、祭司ザカリアやマリアの前に遣わされました。 祭司ザカリアに対しては、ルカによる福音書 1章 19 節「天使は答えた。『わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのであ る。』」ガブリエルは、救い主の前に、バプテスマのヨハネが誕生して、道備えをすることを伝え ました。 またマリアに対しては、救い主の誕生である受胎告知を語りました。ルカによる福音書 1 章 26節 27 節「六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。」 天使カブリエルは、喜びの使信を伝える天使です。ダイエルに対しても、迫害と反キリストに加えて、解放される時を告げています。ダニエル書 8 章 25 節「才知にたけ、その手にかかればどんな悪だくみも成功し、驕り高ぶり、平然として多くの人を滅ぼす。ついに最も大いなる君に敵対し、人の手によらずに滅ぼされる。」 私たちは、このダニエル書 8 章を通して、いくつかの信仰的なメッセージを受け留めることが大切になります。第一に、人間の力では、ダニエルが幻に見た王を倒すことは出来ません。しか し創造主にして歴史の主また審判主が、神様の時に、その王を裁き、倒し、引きずり降ろします。 ですから、第二に、神の力と正義は、神様の時に、必ず勝つことをしっかり受け留めます。そして第三に、神様の敵が、どれほど強そうに見えても、私たちは、信仰を捨てたり、希望を失ったりすべきではありません。 さらに第四に、反キリストが一時、力を持つのは、創造主なる神様の許可と御摂理があるからです。それは反キリストの勢力が、明らかにされる為ではないでしょうか。
そし第五に、ハデスの門も、教会に打ち勝つことは出来ないことを確信することです。マタイによる福音書 16 章 18 節「わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。」
結
私たちは、信教の自由を守る努力を、主にあってすべきであり、またご聖霊に助けられて、弾圧や困難を覚えている兄弟姉妹の為に、執り成しの祈りを捧げ続けることが重要です。
最後に、ジョン・ヒビアという方の「神様が探し求める器」という内容を受け留めます。「21 世紀の教会に深刻なほど足りないものがあるとすれば、それは『器』です。ここで言う器とは、ただの器ではなく、神様が、ご聖霊を注ぐことの出来る器のことです。
私は毎朝、同じものを食べます。それは、穀物パウダーにアーモンドミルクを注ぎ、メープルシロップを入れたものです。その為には器が必要ですが、私は朝食のために、汚いコップや器を使ったことが一度もありません。いつもきれいな器を用意します。どんぶりでも、お皿でも、マグカップでも、ガラスのコップでも、もしそれが汚れていれば、どんなにおいしい料理でも、まずそうに見えます。私たちも同じです。私たちが、きよい器にならなければ、神様の働きに、ふさわしい者になることはできません。
今の世には、不法が急速に増加しています。きよく変えられるべだと教える、福音が宣べ伝えられなければ、きよい器は、足りなくなってしまいます。主の御霊は、血と肉の器の中に入り、私たちを用いたいと願っておられます。しかし、私たちのたましいの器が、きよくなければ、社会の中で、聖なる影響力が弱まり、その結果、不法を食い止める力が弱くなってしまいます。
私たちが、立派な公職者を立て、堕落したマスコミを追放し、堕胎手術を行っている病院に抗議しとも、不法を食い止めることは出来ません。
真に不法と戦う方法は、神様の恵みの力によって、自分自身が敬虔に、信仰深い生活に生きることです。神様は、ご自分への恐れと、燃えるような愛のある一人の人を、今も探し求めておられます。」
神様に愛されている皆さん、迫害と反キリスト、そして不法がはびこる世界です。その中で、神様が探し求めている器は、イエス・キリストを信じて、敬虔に信仰深い生活をしている聖なる器です。
私たちも、主を恐れ敬い、主の燃えるような愛に生かされ生きる歩みを、ご聖霊の力を頂いて、なしてゆきませんか。
お祈り致します。

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