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2023.3.19ヨハネによる福音書 18 章 28~40 節 「さばく者がかえって裁かれている」

牧師 松矢龍造


イスラエルに研修させて頂いた際に、地中海に面したカイサリアを訪問しました。そこには、ローマ総督公邸跡がありました。そして隣接して海岸の近くにプールの施設や、馬の競技場、さらに円形劇場までありました。そんな中で、ポンテオ・ピラトと刻まれた石板がありました。確かに、歴史上にポンテオ・ピラトが実在していたことの証拠となっています。

もちろん現在は、発見された場所には、盗まれないように、レプリカが置かれています。本物の石板は、エルサレムにありますイスラエル博物館に保管されています。このカイサリアには、イエス様の十字架と復活後、使徒パウロが迫害されて、幽閉されていた場所とされていた部屋の遺跡の一部もありました。1900 年以上も前の出来事の一つひとつを、同じ場所に立ち、黙想する時となりました。

ローマ帝国から、ユダヤを統治するように派遣されていた総督ポンテオ・ピラトは、普段はカイサリアにあります総督公邸に滞在しています。しかしユダヤ三大祭りの時は、人が大勢集まるエルサレムの都の治安維持の為に、エルサレムにあります総督官邸で滞在していました。その場所は、北西から神殿を見下ろすアントニア要塞の中の宿舎とみられています。イスラエル研修の中で、その場所を訪れると、確かに、神殿跡の場所が良く見える所でした。

ピラトの人柄は、冷酷で、おごり高ぶる倨傲で、そのくせ意志薄弱で優柔不断な面があったと伝えられています。政治的な関心や社会的な関心のみに、つき動かされている一人です。真理や神様の啓示者に相対しても、理解することがなく、一時関心をよせても、すぐにその場を去る人でした。キリスト者は、全ての時代を貫いて、そのような現実と人物に直面します。

けれど、主キリストは、天国をその力で、教会をその恵みで、地獄をその正しさで支配しておられるお方です。私たちは、どの時代であっても、真理であり、神様の啓示者であるキリストから、心と信仰の目を離してはなりません。ヘブライ人への手紙 12 章 2 節 3 節「信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。

このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです。あなたがたが、気力を失い疲れ果ててしまわないように、御自分に対する罪人たちのこのような反抗を忍耐された方のことを、よく考えなさい。」

それでは、ヨハネによる福音書 18 章 28 節からをもう一度。「人々は、イエスをカイアファのところから総督官邸に連れて行った。明け方であった。しかし、彼らは自分では官邸に入らなかった。汚れないで過越の食事をするためである。」

律法には、汚れた者は過ぎ越しの祭りの際の食事に預かれないとあります。それでユダヤ当局のメンバーは、異邦人である総督官邸に入ることは、汚れるとして、入りませんでした。彼ら は、儀式的な、きよめについては細心の注意を払っていながら、儀式的なきよめを定めた神様とその教えの意味にいては全く無関心でした。なんという矛盾でしょうか。

宗教改革者の一人ジャン・カルヴァンが次のよう言われていました。「偽善者の特徴の一つは、彼らが最新の注意をもって面倒な儀式を厳守しつつ、その他の最も大切な事柄を、平気でなおざりにすることである。」

古代の神学者であるアウグスティヌスも、こう言っています。「異国の裁判官の公邸に入って汚れることは恐れたが、罪なき兄弟の血を流して汚れることは意に介さなかった。」

続いて 29~31 節「そこで、ピラトが彼らのところへ出て来て、『どういう罪でこの男を訴えるのか』と言った。

彼らは答えて、『この男が悪いことをしていなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょ う』と言った。ピラトが、『あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け』と言うと、ユダヤ人たちは、『わたしたちには、人を死刑にする権限がありません』と言った。」

ローマ帝国は、ユダヤ人指導者たちに、死刑に関する宣告を許可していなかったことは事実であったようです。ただし、初代教会最初の殉教者であるステパノに関しては、密かに石打にして殺していました。どうしてイエス様を密かに石打にして殺さなかったのか。

その理由は、続いて 32 節にあります。「それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった。」イエス様の死は、石打ではなく、十字架による死であると預言されていました。ヨハネによる福音書 12 章 32 節 33 節「『わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう。』イエスは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、こう言われたのである。」ここで地上から上げられるとは、十字架による死のことです。

18 章 33 節「そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、『お前がユダヤ人の王なのか』と言った。」ピラトにとって関心があったのは、ローマ帝国に反逆するユダヤ人の王なのかということでした。ユダヤ当局の思惑は、死刑にする権限がないので、イエス様を、ローマ帝国に対する政治的、軍事的な反逆者にしたてあげて、ローマ帝国によって処刑してもらうことでした。

34~36 節前半「イエスはお答えになった。『あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。』ピラトは言い返した。『わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。』

イエスはお答えになった。『わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。』そこでピラトが、『それでは、やはり王なのか』と言うと、イエスはお答えになった。『わたしが王だとは、あなたが言っていることです。』」

ピラトの質問に対して、イエス様が答えた内容は、原文では二つの訳し方が出来ます。一つはあなたが言うとおりです。」もう一つは「あなたが言っていることです。」新共同訳聖書は、後者です。「あなたが言うとおりです」と訳された場合は、イエス様は、御自身を「神の国の王です」という意味で答えられたことになります。一方「あなたが言っていることです」と訳された場合は、政治的軍事的な王とは、あなたが言っているだけですとなります。すなわちイエス様 は、政治的、軍事的な、この世の王ではないと、暗に言われていることになります。

創造主訳聖書では「確かに、わたし王です。しかし、この地上の王ではありません」となっています。両方の訳を合わせた意味合いとしています。とても分かりやすいかもしれません。

37 節後半から 38 節前半「『わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。』ピラトは言った。『真理とは何か。』」

真理は神様のものであり、主イエス様は真理そのものです。そして真理は、神様から来て、人に真の自由を与えます。けれど、この世の真理は、しばしば大多数の人々が賛成することであ り、彼ら自身の個人的な権力や、政治的な目標を促進するのに役立つことは、何度も真理とします。

しかし神様からの真理がなければ、本当の真理とは言えません。そして真理の基準や承認がないとき、そこには倫理や道徳的な正邪の基礎はありません。神の御子イエス様と、イエス様の言葉の中には、真理と倫理道徳的な基準があります。

ピラトは、真理そのものでいます主イエス様を目前にひかえながら、漫然として、真理とは何かと言い放っただけで、その場を去って行きました。もっともっと真理について追及すればよかったですのに。

18 世紀末に、ロード・リットルトンとギルバード・ウェストという二人の思想家が、キリストの復活について反対し、まじめに疑い、パウロの改心につても熱心に研究しました。そして後

日、二人とも真実なクリスチャンとなり、いずれも研究した題目に関する弁証論を著わすに至りました。私たちは、誰でも、一度しかない人生です。この人生において、真理について真剣に追及すべきです。

続いて 18 章 38 節後半から 40 節「ピラトは、こう言ってからもう一度、ユダヤ人たちの前に出て来て言った。『わたしはあの男に何の罪も見いだせない。ところで、過越祭にはだれか一人をあなたたちに釈放するのが慣例になっている。あのユダヤ人の王を釈放してほしいか。』すると、彼らは、『その男ではない。バラバを』と大声で言い返した。バラバは強盗であった。」

ピラトは、イエス様に対して、罪を認めることはできませんでした。しかしユダヤ人たちが、暴動を起こして、ローマ皇帝に、訴えられて自分が失脚することを恐れて、自己保身に走りました。ピラトは、ユダヤ人指導者の反感をかうことなく、群衆にイエス様の釈放を言わせようと計りました。しかし結果は、イエス様ではなく、「バラバを」となりました。ローマ帝国にとって、ローマに政治的、軍事的に反逆しているバラバは、最も釈放したくない人物であったはずです。人間の策略は、なんともろく、むしろ不利な結果となってしまいます。

バラバは、当時、ローマ帝国に反逆する熱心党、武装革命家、強盗であり、人殺しでした。しかし一部のユダヤ人熱心党員からは、英雄と言われていたかもしれません。ユダヤ人は、ローマ帝国の植民地下で、ローマ帝国に統治されることや、税金を払うことを嫌っていました。

当時、裁く側であったユダヤ教の祭司たちや、ユダヤ人議員。またローマ総督ピラトも、裁く側でした。しかし神様の御前で、彼らの方が裁かれていたのではないでしょうか。そして「この男ではない。バラバを」と大声で言い返した群衆も、裁かれる側ではなかったでしょうか。

バラバは、イエス様の身代わりとして釈放されました。ある面で、キリスト者も、キリスト が、十字架で私たちの罪の身代わりとなってくださったが故に、罪赦されて釈放された者たちではないでしょうか。私たち一人ひとりも、本来は、神様の御前で裁かれる側です。そのままで は、私が、私たちの方が、十字架つけられて、裁かれる側でした。

ユダヤ人指導者の妬み、ピラトの自己保身、群衆の無知、それらが、イエス様に死刑の判決を下します。しかしこれらの人々の罪はみな、私の中に、私たちの内にある罪ではないでしょう か。何の罪もないお方が、私たちの救いの為に、十字架に向かわれます。申し訳なさと、なんというありがたさでしょうか。

「主よ、申し訳ありません。悔い改めて主に立ち帰ります。」そのように、罪を告白して、ご聖霊様によって、主のイエス様の十字架の贖いを、私たちにも適応してくださいと求めませんか。そしてさらに私たちも、ご聖霊の力を頂いて、この大いなる恵みの証人とならせて頂きませんか。お祈り致します。


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